FC2ブログ

カンクンとツゥルム遺跡(白濱)

C.jpgツゥルムA
 カンクンはカリブ海に面した有名な近代的な観光地、太平洋側にあるアカプルコと共に巨大リゾートの双璧。海沿いに豪華な高層のホテルが立ち並び、海で泳ぐかプールで泳ぐか(寝そべるか)、近郊のツゥルム遺跡のオプショナルツアー参加を選択。
コロンブスは、1492年に始まり、多くの島々(後の西インド諸島)と大陸の存在に気付くことになります。大陸には紀元前からすでに人が住み、テオティワカン・マヤ・インカ文明等を築いて来ておりますので発見ではありません。
スペイン人は、カリブ海に面して2kmに及ぶ白壁の建物群(マヤのピラミッドや建造物は漆喰で塗り固められ白色をしていたといわれております)が並ぶ岸壁の様を見て、『母国のセビリアよりすごい大都市がある』とその驚きを手紙に書き残しているということです。それが当時の「ツゥルム」です。カンクンからキューバまで空路で45分、最近カンクンが注目されている所以です。
崖の上サボテン


スポンサーサイト

チチェンイッツァ(白濱)

チチェン1チチェン2
 チチェンイッツァの遺跡は、ピラミッドを中心に修道院跡や天文台跡、球技場跡、住居跡などが残されており、ユカタン半島では最大の規模のものです。マヤ全盛時代は有力な都市であったことが偲ばれます。ここのピラミッドは登ることが禁止されております。

 ユカタン半島の遺跡群のどこでも、庭の草の上や、木陰、石垣等の上にイグアナを見かけることが出来ます。キャァーなどと驚いた声を出すのは失礼にあたります。イグアナの棲み処に我々がおじゃましているわけですから。私たちが近づいてもじっとしており、より近づいたり、写真を撮ったりしておりますと、首から上の部分が白っぽくなってきます。「このイグアナ緊張している、我々を怖がっている」などと思っていたら、「違いますよ、精一杯威嚇しているのですよ」という説明がありました。
チチェン4イグアナ2

マヤ遺跡のユカタン・メリダへ(白濱)

 メキシコシティから、カリブ海に突き出しているユカタン半島の中心都市メリダへ(空路2時間)。
ウシュマル0ウシュマル1
ユカタン半島のジャングルの中には数多くのマヤ文明を象徴するピラミッドを中心とする遺跡が残っております。今回訪れたのはマヤパン遺跡、カバー遺跡、ピラミッドで有名なウシュマル遺跡とチチェンイッツァ遺跡、そしてカンクン近傍のトゥルム遺跡です。気温は37,8度、汗が吹き出します。こまめに水分の補給です。
 テオティワカンのピラミッドもそうですが、マヤのピラミッドは政治を司った場所、すなわち政庁です。一方エジプトのピラミッドは王様や貴族たちの墳墓です。(写真はウシュマルの遺跡)
カバーブーゲンビリア

テオティワカン(白濱)

太陽2私とピラミッド
 メキシコシティの郊外にあるテオティワカン遺跡、アステカ帝国の首都であったテオティワカン、死者の道に面して太陽のピラミッド(太陽の神殿260段)、突き当り直角の位置に月のピラミッド(月の神殿48段)があります。よくガイドブックに紹介されているピラミッドです。43年前に登った経験のある2つのピラミッドを眺めて、『あんなところまでよく登ったな、あの頃は若かったんだな』と感慨深く思い出しながら・・・・。そして今回もチャレンジ、2つとも登り切りました。
毎朝のラジオ体操、週5回の電車通勤と週2回のスポーツジム通い、そして日頃の精進が功を奏したものと思います。なお翌日のウシュマルのピラミッドも制覇しました。「もし、こんな時地震が来ていたらどうしていただろう」と今は思っています(仮定法過去)。
家の階段、駅の階段の上り下りには必ず手すりをつかまえるのに。下は月のピラミッドから見た死者の道と太陽のピラミッド。
死者の道月のピラミッド

メキシコシティ(白濱)

国立宮殿斜めの大聖堂
今回のメキシコ地震、被害は広がり日本からも救援隊が向かいました。建物等の倒壊が報じられているメキシコシティの目抜き通りレフォルマ通り、私たちが泊まったホテルはGaleria Plaza Reforma、レフォルマ通りにありました。また震源地の古都プエブラには1日観光をしました。12日間に二つの大地震、地震に遭遇しなかったことは、奇跡的に運が良かっただけです。

9月15日はメキシコの独立記念日、大統領府のある国立宮殿(左)の前の広場は、式典の準備で作業現場となっておりました。右はグアダルーペ大聖堂です。ピサの斜塔ほどではありませんが、傾いております。今回の地震で傾きがどうなるのでしょうか?今は横の円形の新しい大聖堂でミサ等は行われているということです。
メキシコシティ最後の夜はマリアッチを聞きながらメキシコ料理。サプライズとしてケーキ付きで私の誕生日を祝ってくれました。バンドはリクエストには応じないということでしたが、誕生日ということでOK(10ドル)、リクエストは『ベサメ・ムーチョ』。写真はレフォルマ通りの独立記念塔とマリアッチのイケメンです。
独立記念塔マリアッチ

メキシコと地震(白濱)

 本日20日未明メキシコ中部でマグニチュード(M)7.1の大地震があり、メキシコシティの建物の倒壊も見られ死者は100名を超えたと報道されています。詳細はこれから分かってくると思われます。
私たちがメキシコに入る前日、現地9月7日、メキシコ南部、グァテマラと国境を接しているチアバス州沖でM8.2の大地震がありました。被害状況等を放映しておりました。またメリダにいるときメキシコシティでも震度4クラスのものがあったということも報じておりました。
メキシコは日本同様地震大国としていわれ、1985年9月19日のメキシコ地震が知られております。メキシコシティは湖を埋め立てた地に造られた街故に、その被害は甚大で、死者約1万人(政府発表)、特に病院や公共施設の倒壊も顕著だったといわれております。
(兵庫県南部地震1995年:M7.2、東北地方太平洋沖地震2011年:M9.0)

トイレ事情(白濱 )

 海外での最大の関心事は食事とトイレ。食事は4人/テーブル、見知らぬ初対面の方々と緊張感をもってテーブルを囲む、これも旅の楽しみの一つかも知れませんが。
トイレに関していえば、博物館などの公共施設もドライブインも有料がほとんど。大体5ペソ(1ペソ=約9円)、3ペソが1ケ所、6ペソが1ケ所、おつりもくれます。有料だからきれいというわけではありません。水洗にはなっておりますが紙を流すことが出来ず、便器のそばに汚物入れが置いてあり、紙はそこに入れる。十分の水圧がなく、紙などが詰まるということです。紙のないところはお金と交換に紙を渡され、汚物入れをこまめに掃除する係員がいるというわけです。紙を流せないということは、外国資本の一流のホテルも例外ではありません(ただし紙は備え付けてあります)。メリダのHyatt Regency Meridaで夜中にトイレがつまり、係員に来てもらったことがありました。初めての経験。ウォッシュレットなどは夢のまた夢、皆無。日本のトイレ事情のすごさはどこから来ているのでしょうか?

プエブラ(白濱)

プエブラ1プエブラ3
 成田からメキシコシティまで13時間10分(復路は14時間20分)。
初日は、プエブラ(人口150万以上)、メキシコシティから約120kmにあり、メキシコ湾に通じる要塞地として建設され発展したコロニアル。当時のたたずまいとキリスト文化を色濃く残している歴史地区は世界文化遺産となっております。バロック様式のサントドミンゴ教会の大聖堂では、ちょうど日曜日、ミサが行われていました。
メキシコシティへの帰途にメキシコ国立自治大学に寄りました。広大な敷地にある中央図書館のオルゴマンの壁画、本館のシケイロスの立体壁画は見ごたえがあります。
自治大学0自治大学2

メキシコの天気(白濱)

インターネットで「メキシコシティ 気候」、「メリダ 気候」とやると、瞬時にそこの状況が分かります。メキシコシティは海抜2300m、今は雨期の最後、温度は最高が17,8℃、最低が7-9℃、10℃の差があるということです。メリダはユカタン半島にあり、マヤ遺跡観光の玄関口、熱帯地方になり、日中は37,8℃ということです。衣類は2種類用意して行きます。予報によれば全行程快晴となっております。本当かな?

思い出のメキシコへ

8月中旬のロンボク行はボランティア、今回のメキシコ行は遅れた夏休み。9月9日から16日までメキシコに行きます。メキシコシティ・プエブラ→メリダ→カンクンです。メキシコは、私が初めて国際学会で発表した場所で、1974年34才の時でした。第3回世界消化器内視鏡学会、演題はClinical and endoscopical observations on extensive irregular-shaped hemorrhagic antral erosions(胃幽門前庭部に認められた広範囲の不整形の出血性びらんの臨床的および内視鏡的所見について)でした。丁度10年後(44才)に博士論文になりました。よって、メキシコは思い出の地であります。どういうわけかティオティワカン、ソチミルコ、Zona Rosa,ウシュマル、チチェンイッチュアなど昨日のことのようにすぐ出てきます。昨日何食べたかは思い出せないのに。

はすだ祭り(白濱)

蓮田祭1蓮田祭2
 いま私が勤務している蓮田よつば病院(120床:認知症専門病院)の夏祭り、「はすだ祭り」が8月26日ありました。施設・病院等がよく行っている、患者さんにとってのお楽しみ会です。勤務して7ヶ月、だいぶ慣れたところで、和光病院で行っているハワイアングループ「Wacoh Blue Marina」の演奏を、はすだ祭りで入院患者さんやデイサービスに通っている方々の前でやりました。昔懐かしいハワイアンサウンド、大変喜んでもらいましたし、職員の皆さんは私がこのような趣味を持っていることに驚いた様子。それにしてもスチールギターを見たこともなければ音色を聞いた人も皆無でした。白濱先生は、仕事をしている時より演奏をしている時のほうが生き生きとし真剣な様子だったらしい。当然!!
プロフィール

iemsj

Author:iemsj
こんにちは
私達はNPO国際緊急医療・衛生支援機構IEMS-Japanです

http://www.iems-japan.com/

最新記事
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR