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和光病院秋の防災訓練(白濱)

和光訓練1和光訓練2
和光病院(顧問)の秋の防災訓練が10月28日(金)行われました。認知症病院において実患者、職員全員参加の訓練を10年以上実施しております。まず、初期消火(ドライアイスで火を想定)をし、病棟内全患者をナースステーッション前の広いデイケアルームに避難誘導し、集中管理する訓練です。実患者は車いす使用。今回はおんぶ帯やキャリングマット等は使わず、太い二本の棒と毛布を使って担架を作り、患者を搬送する訓練、始めて実施した訓練で、この場合患者役は職員がやりました。年々練度を上げていると思います。
いつも思いますが、「反省事項や教訓事項の多い訓練ほどいい訓練である」「予定通り淡々と進むセレモニー的訓練は・・・・」。今回の訓練の反省事項は、「全館放送の声が聞こえない箇所があったこと、よってそこからの応援班の到着が遅れたこと」などでした。
和光訓練3和光訓練4


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診察するのですか?(白濱)

最近、外来をやっていて驚いたことがありました。
外来の診察をするとき、患者さんの顔色や診察室に入ってくる姿、歩き方、車椅子なのか、一人なのか、付き添いがいるのかなどを瞬時に観察します。医者としては当たり前のこと、私は必ず患者に正対するように努めておりますが、それでも電子カルテに見入って、余り患者の顔や姿も見ず、声だけで対応、検査結果や服薬内容などをチェックしていて、そのまま診察を終了しそうになることがあります。
先日発熱、咳、痰等、いわゆる風邪症状を主訴に来院された中年の女性患者さん、「風邪だと思うのですが・・・」と薬だけを欲しがって。私は正対して、“ちょっと胸の音を聞きますよ”と聴診器を手にとりましたが、患者さんがじっとしているので、服のボタンに手をかけたら、患者さんが「診察するんですか?」と聞いてきました。絶句しそうになりましたが、静かに“そうね、しますよ”といって聴診器を当てました。ただそれだけの話です。

千葉科学大学看護学部(白濱)

5年7ヶ月生活した銚子を離れ、再び銚子の土を踏むとは。
今年度も千葉科学大学看護学部の非常勤講師を引き受け、昨年同様『老年看護 病態・疾患論』の講義をすることになりました。土曜日の午後を3回(10/8、10/22、11/5)、13:10-18:10、集中講義です。
後期高齢者の我が身にとって自分の経験と、認知症専門病院の和光病院の経験を生かして、さらに今行っている高齢者が殆どの内科外来の現状の患者の話をしながら、講義を淡々と行うということ、勉強にはなります。
10月8日、先週の土曜日まずやりました。講義の後はくたくたになって、かつての行きつけの銚子駅前のお店で夕食を摂り、19:38の特急で帰京という調子。お店のおばちゃんは私のことをよく覚えていてくれて、何も注文つけなくても、ご飯は小盛りで、焼酎はロック。

ガウディとカサ・ミラ(白濱)

カサ・ミラ1カサ・ミラ屋上

カサ・ミラ2
 バルセロナのアントニ・ガウディ(1852~1926)によるサグラダ・ファミリア、あまりにも有名な建造物です。ガウディはサグラダ・ファミリア以外にもカサ・ミラ、グエル公園、グエル邸、カサ・カルベ、カサ・バトリョなどなど、多くの建造物を残しております。これらの中100年前のマンションである「カサ・ミラ(ミラ邸)」を見学することができました。今でも持ち主(3代目)が住んでおります。当時のままの寝室、台所、リビング、食堂などの一部を公開、電化製品を置いたら今でもすぐ使えそうな保存状態、馬車の出入り口は将来(大型自動車の出入り)を見越した様に広く、エレベーター出現を予測したようなスペースもとってあり、また屋上の奇抜な形をした煙突群など全てに独創的。
 街の中心の交差点にも、普通の今風の建物に挟まれるようにしてガウディ作のマンション(アパートメント)がありました。
ガウディ作1

トレド(白濱)

トレド1<トレド2

トレドはマドリッドから約71km、西ゴート王国・カスティーリャ王国のかつての首都、マドリッドへの遷都により最盛期30万人いた人口は激減し、今は約7万人ということでした。タホ川という自然の要塞に3方囲まれ、旧市街全体が世界遺産、丘の上から見た街の全体像、遠く街の中心にカテドラル、そして左にアルカサルが聳えております。トレド全体の写真、近くから見上たカテドラル、迷路のような小径の間から眺めたカテドラル、38年前の写真を取りだしてみましても、ほぼ同じアングルで同じ姿の写真が撮っておりました。トレドはエル・グレコでも知られております。
 石の文化、多くの都市でローマ橋やアルカサル、カテドラルや教会、宮殿など種々の遺跡等を見ました。弥生時代や平安・奈良時代に相当する時代に作られたもの、またルネッサンス時代のものなどもあり、石の文化の息の長さを感じました。一方、今生活する上での上下水道はどうなのだろうか?リフォームは大変では?小径には救急車は入れないだろうし、などと感じた次第。
トレド大聖堂細道から聖堂を

マドリッド(白濱)

マドリッドセルバンテス
マドリッドはスペインの首都、人口約320万人。東京と同じ近代的な大都市、午前中は車窓からの市内観光、最初の下車はスペイン広場、高層ビルを背景にセルバンテスとドンキホーテの像がありました。
その後2つの美術館へ。国立ソフィア王妃美術センターではパブロ・ピカソの「ゲルニカ」を見ました。1937年スペイン内戦中にドイツ・ナチスによるゲルニカが受けた無差別爆撃を主題にしたもの。フランコ将軍はヒットラーに支援を頼んだということ。
プラド美術館ではエル・グレコ、ゴヤ、リューベンス等の作品を解説付きで観賞しました。特にゴヤの晩年の作品は陰鬱な黒を基調とした暗い絵で、彼の心の内を映した作品とのこと、関心を持ちました。私は写実的な綺麗な絵が好みで(それじゃ写真でいいじゃないかという声も聞こえてきそうですが)、ピカソのような絵は社会性があり心の叫びとは思いますが、難しい。現地のガイド、両美術館の絵の解説、描かれている内容や作者のこと、時代的背景など微に入り細にわたり説明をしてくれて、大変良い時間を過ごしました。当然撮影禁止。ピカソの「ゲルニカ」(絵はがき購入)とゴヤの「ルイス・デ・ブルボン親王一家の肖像」(インターネット)です。
昼食後最後の観光地トレドに向かいました。
ゲルニカゴヤ

食事とトイレ

市内電車カフェ
海外旅行のキーは食事とトイレ。
食事:朝食はホテルのバイキング。中国人グループは相変わらず各自ペットボトル持参で、根こそぎ水ものを汲んで行く。私の目の前のおばさん、後ろに私がいるのに、ごっそりと。当然私はコーヒーをあきらめました。バブル時代の日本人もこうだったのかと、そんなはずはない!昼・夜はレストランで3コース(前菜、メイン、デザート)。昼・夜の飲み物は、水、各種ジュース、コーラ、コーヒー、紅茶、ビール、ワイン(赤・白)、全てほぼ3ユーロ。生オレンジジュース(100%)3.2ユーロ、一番高い。値段は昼夜差がなく、私は昼はオレンジジュースかコーラ、夜は専ら赤ワイン。
トイレ:有料トイレは1カ所のみ(0.6ユーロ)でした。ドライブイン、土産屋、カフェに立ち寄り、何か買うか飲むかして使わせてもらう。男の場合、とにかく「きんかくし」が高く、子供用はプライドが。女子用は鍵が掛からなかったり、扉が閉まらなかったり、電気がつかなかったり、そんなのは珍しくなく(といっておりました)。どこでも女子トイレは列をなす傾向、プラド美術館のそれは廊下まで延びており、特に長かった。トイレ事情は、全て日本が最高、ウォッシュレット皆無。

スペイン語をしゃべろう(白濱)

新幹線犬
コルドバから新幹線RENFE Aveでマドリッドへ。
時々「NHKラジオスペイン語」を聴いております。よし、今度は試してみようと20フレーズほど覚えてゆきました。『Buenos dias』、『Buenas tardes』、『Buenas noches』と準備していると、バスの運転手も、お店の人も、レストランのウェイター、ウェイトレスも“おはよう”“こんにちは”“こんばんは”と先にいいます。Gracias(ありがとう)に対して『de nada』(どういたしまして)を用意していると、“ありがとう”といわれ、de nadaの出番がありません。『Vino tinto por favor.』、『Agua sin gas por favor』と頼もうとすると、“赤ワイン?白ワイン?”、“水?”とくる。ガイドがいれば日本語だけでOK。と思いつつ、『Donde esta el servicio?』(トイレはどこですか?)が最初に使ったスペイン語。『Donde se venden・・・chocolate?』(チョコレートはどこに?)、『Donde puedo desayunar?』(朝食はどこで?)など使ってみました。『Gracias』も使いましたか。子供みたいな大人のチャレンジ、ボケ防止にはなりますヨ。
【スペイン語の疑問文は文頭にも?の逆さまになったものを置き、また子音の上にコンマ「,」をつける語も結構あります。私のPCでは不可能、よって上記のスペイン語の表記は正しくないものもあります】
レストラン前

大隅良典氏

大隅良典氏、ノーベル生理・医学賞受賞。Congratulations!

コルドバ

ゴルドバ1メスキート
 アンダルシア第三の都市コルドバ、名前からしてイスラム風。巨大なモスキータで有名。モスキータとはイスラム教のモスクをいいますが、今では「モスキータ」といえばコルドのものを指すということでした。イスラム支配の栄華の時代に建てられた巨大なモスク、モスキータ。キリスト教の支配になりモスクはほとんど破壊されましたが、コルドバのモスキータは壊されることなく残されました。そしてキリスト教徒は、巨大なモスキータノに林立する数多くの大理石柱の中に、これもまた大きな教会を作っております。煌びやかなキリストの一生の絵が描かれた天井、色鮮やかなステンドグラス、パイプオルガンが鳴り、ミサが行われておりました。しかし、イスラム教徒はメスキータの中でのお祈りを一切禁止されているということでした。
我々、少なくとも私にはこの宗教的背景・確執が分かりません。ユダヤ教からキリスト教が生まれ、キリスト教からイスラム教が生まれたのですが、3者共に1神教、その聖地はともにエルサレムというのに。
メスキータ1メスキータ2


段々と気心知れて(白濱)

パエリャパン
今回のスペイン行、参加人員16名。男女比=4:12、圧倒的に女性が多く、また佐賀1名、広島1、香川2、愛知2、群馬2、埼玉2、千葉4、東京2とばらばらで、東京からは我々のみ、これには驚きました。夫婦4組、母娘2組、姉妹1組、女友達1組、 私が最年長。朝食はバイキングですが、昼食と夕食は4人ひとテーブルで、初めての人たちと相席、最初はこの組み合わせがなかなか微妙で、結局私たちは全ペアとご一緒しました。食事を一緒にし、お土産屋さんで一緒に並んで選び、バスで前後し次第にうちとけてきました。アルハンブラ、トレドでは私の足で10,000歩以上歩き、毎日大体7-8000歩以上、ガイドさんにしっかりついて歩く、健脚が重要な要素となりました。出発時には膝が痛くて足を引きずるようにして最後尾を歩いていた50歳代のお母さん、3日目ぐらいから普通に娘さんと肩を並べて歩けるようになりました。全行程快晴、これが何よりでした。
フラメンコ

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Author:iemsj
こんにちは
私達はNPO国際緊急医療・衛生支援機構IEMS-Japanです

http://www.iems-japan.com/

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