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ピサの斜塔(白濱)

ピサ1ピサ2
ヴェネツィアで昼食をとり、ピサ経由でフィレンツェへ。
 アルノ川の堆積地の上に発達した「ピサ」、11-13世紀にはベネツィア、ジェノバと並ぶ一大海洋国家として権勢を誇った「ピサ」。私は斜塔の写真を教科書等で見たことがありましたが、本物を見て正直なところ「ええっ・・」と思い、感動しました。街中にポツんと斜塔が建っているとばかり思っておりました。 全て大理石の、大聖堂(ドゥオモ:1118年、イタリア最古の伽藍)、洗礼堂、納骨堂、そして鐘楼。この大鐘楼が傾いて斜塔といわれているのです。1174年着工され、10mほどのところで地盤沈下のため傾き(今でいう液状化、泥状化の影響?)、一時中断、今度は傾きを是正するため反対側を重くするやり方で建築続行、それでも傾きは是正されず、54mの塔が完成したということです。現在の傾き約5度30分、ガリレオ・ガリレイの生地、物体の落下実験を行ったと伝えられております。
 近年傾きを止め、斜塔をまっすぐする工事の検討が行われましたが(日本の建築会社も入札参加)、イタリアは自国で傾きを止めることを解決したといわれております。
『斜塔がまっすぐなったら、誰も来なくなる』。一理あります。

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ベネツィア(くもり)(白濱)

ベニス0ベニス2

ベニス1 (2)
私は1988年に第13回世界消化器病学会に参加し、『Acute Gastrointestinal Pathology Resulting from Ranger Training Conditions. Acute Gastric Ulcer and its Prevention 』を発表しました。その時巡ったのは、ローマ→ベネツィァ→フィレンツェ→ミラノ。
今回はヴェネツィァ→ピサ→フイレンツェ→ローマ→ナポリ、「ナポリ2泊のナポリ以南の観光」が目玉でした。
11月16日(月)アリタリア航空で成田を出発、ローマ乗り継ぎでヴェネツィアに。約14時間。
17日はヴェネツィアとピサ。天候は残念ながらくもり。4,5世紀に共和国として建国、12世紀以降海洋国家として隆盛を極めたヴェネチィア、街全体が世界遺産。ヴェネツィアの市街には車はいっさい入れず、郊外のターミナルから水上バスで中心地、玄関口に当たるサン・マルコ寺院やドウカーレ宮殿のあるサン・マルコ広場に。水路に囲まれた市街地、水による建物の浸食や、高潮の時の水の侵入が日常的な大変な問題で、特にアドレア海に面したサン・マルコ広場は高潮の際に膝まで水に浸かることが珍しくないとのことでした。
定番ではありますがゴンドラにも乗りました。キャサリー・ヘップバーンの「旅情」、ショーン・コネリーの007シリーズ「ロシアより愛を込めて」はヴェネツィアも舞台になっております。
 
 

食事(白濱)

朝食は常にバイキング。ジュース、ハムやチーズのスライスカが美味しい。
ある朝、別のツアー客と一緒になりました。某国の方々です。そこで目にしたドリンクバーでの驚くべき光景。コーヒーを手持ちのポットニ入れて、マシーンを空っぽにしたおばさんが居たのです。後ろに我々が並んでいるのに。また別人ですが、私物の氷の入った大きなグラスを2個持ち、なみなみとお茶を注いでいった男、後ろに我々が並んでいるのに。爆注・爆飲とでもいうのでしょうか? 生まれて始めてみる光景、いや驚きました。そろそろ誰かが教えないと、よくないでしょう。
昼食と夕食は、まずスパゲティかパスタが出て、次いで魚か肉(牛、鶏、イノシシ)が出て、最後にケーキ。ソレントでの昼食には25cm大のピザ(一人一皿)が出ました。やっと半分食べました。サラダが無い、イタリアの方は野菜を食べる習慣が無いということでした。ワンパターン、ツアーだから仕方がないと思います。必ず食前に注文するワインはGood。ビールはまずい。機内食は結構でした。
日本食の種類の多さと深みは、食文化というのでしょうが、素晴らしいですね。

イタリアのトイレ事情(白濱)

 どのガイドブックにも「イタリアはトイレ事情が悪い」と書いてあります。公衆トイレというか無料トイレはほとんどといっていいぐらい、無いです。
 有料トイレを使うか、BARでコーヒーか何かを飲み、そこのトイレを使うか、あるいはトイレ付きの大きなお土産屋さんか。有料トイレは0.5-1.5ユーロ(1ユーロ:約130円)。街の中のトイレやドライブインのそれは大体0.5ユーロ。フィレンチェのウフティ美術館は1ユーロ、ヴァチカン市国のサンペテロ教会は最も高く1.5ユーロ。有料でもきれいであればいいですが。トレビの泉の真ん前の、非常に有名なジェラートやさんは無料で誰でも使えますが、ほとんどジェラートを買ってますね。これが美味しい。
 そしてホテルの洗面室ですが、バスタブと洗面台とトイレが一緒で、便座とその隣に同大のビデが鎮座しており、益々洗面室を狭くしており、衣類の置き場も無い。ホテルは全て同様で、ウォシュレットは皆無。アメリカ式のホテル「Holiday Inn」でも全く同じでした。まさに日本のトイレ事情はもの凄いと思いました。なにせ我が家にもウォシュレットがありますからね。
イタリア専門の添乗員の説明では『イタリアの人は余りおしっこをしない』ということでした。体質かな?ともいってました。本当かな?大体自分の家かBARでするという事でした。

イタリア出入国状況(白濱)

 成田空港
11月16日(月)14:10成田発、ローマ経由でヴェネチア着。ヴェネチア、フィレンチェ、ローマ、ナポリと回り、23日(月)11:15成田着(ローマ発)。手荷物検査等成田出国時には特に何もなし。イタリア入国時(ローマ空港)、ベルト、コイン、帽子、コート類はトレイに乗せるのは当然として、肌身離さず身に付けていたパスポート入れまで提出させられたのは納得いかなかった感じ。
出国時には、何を出しても「ピーピー」と鳴りストップのサイン。終いには「ウォレットを出せ」という。ユーロとドルとyenの紙幣とカードの入ったウォレットを出しました。奴らに抜かれたら大変と、私は「ウォレット、ウォレット、ウォレット」と叫んで、流れ出てくるのを凝視していました。それでもピーピー。奴らがあの機械を操作出来るのではないかと疑った一瞬でした。揚げ句に私の手の表・裏に何か薬を塗り、調べて、「OK」のひと言。麻薬の臭いか火薬の臭いでもしたというのか?
どうも私の風貌は、くたびれた時は中東アジア系に見えなくもない、連中は毛髪薄いのばっかし。ISのテロリストではないが運び屋かスポンサーぐらいには見られたのかなと思いつつ。同行の30歳代の背の高いご婦人はハンドバッッグの中を見られ、靴を脱がされ、私同様手に薬を塗られたらしい。「薬の運び屋に見られたのでは?」と冷やかしてやりました。
 イタリアは確かにテロのあったフランスの隣国、ベルギー・ブリュッセルの地下鉄閉鎖のニュースは聞かされていました。

マス・ギャザリング・メディスン(白濱)

Italy.jpg

11月13日(金)夜、パリで同時多発テロが発生し128名の犠牲者が出ました。大統領も見物していたサッカー場、コンサート会場、レストラン等6か所で発生したとメディアは報じております。パリは非常事態宣言下にあります。
マス・ギャザリング・メディスン(Mass Gathering Medicine)、野球・サッカー・ラグビーなどのスポーツ会場、コンサート会場、花火大会や多くの人達が集まる催し物などの会場において事が起こったときに必要とされる医療等をいいます。事前調査、準備、防止策と実践、2020年のオリンピックに向けて「マス・ギャザリング・メディスン」や「対テロ」等が、今まで以上に論じられるようになると思います。

明日より、フランスの隣国イタリアに行って参ります。そして今後、再び「淡々と飄々と」過ごせるように、諸々の雑念を捨てて参ります。

2015.11.12(白濱)

病院0病院1
 2010.5.1銚子市立病院のテープカット(1年7か月閉院していた病院を再開した日)。それから5年と6か月、銚子を離れる最後の夜、最後まで一緒に仕事をしていた3人と夕食。総武本線「特急しおさい」(19:32発)に乗るためにワイワイ言いながら改札口に・・・・。若い女性職員3人と大変お世話になった方一人が見送りに来てくれて・・・、全くのサプライズでした。
特急はいつものように暗闇の中を走りに走って、1時間58分でいつものように東京駅に。そして銚子が終わりました。
「医療法人財団銚子市立病院再生機構銚子市立病院」から「一般財団法人銚子市医療公社銚子市立病院」へ。誠に不思議なM&Aでした。

銚子を離れるに当たり(白濱)

銚子の本
11月12日の外来で銚子市立病院の勤務が終了、後は年休。
銚子を離れるに当たり、足跡をちょっと調べてみました。銚子市立病院を扱った本が2冊、「再生」(橋口佐紀子、日労研)と「日本の医療 この人が動かす『海堂ラボ』vol.2」(PHP新書)、テレビ放映は、テレビ朝日のスーパーモーニングとテレビスクランブル、NHKの首都圏ニュース、朝日ニューススターなどがありました。月刊雑誌等では「保険診療」、「朝日メディカル(2014年6月号)」等が病院の再生等について紹介してくれました。また昨年11月、母校である千葉大学の医学部・薬学部・看護学部の合同文化学園祭に呼ばれ「銚子市立病院の再生」について話す機会があった事は思い出深いもののひとつです。母校の学園祭に呼ばれたことは今でも誇りに思っております。
 銚子の地元の「大衆日報」や「銚子テレビ」では良かれ悪しかれ何回となく取り扱われ、また千葉日報や朝日新聞や読売新聞等の千葉版にも、これも良かれ悪しかれ、いろいろ書かれ、今でも書かれております。消すに消せない足跡は残す事が出来たと思っております。

送別会(白濱)

しぐま
銚子に入って丁度5年半。11月30日付けで銚子市立病院を離れることになりました。
年休をとり、11月12日(木)が銚子での最後の勤務、その夜の19:32の「特急しおさい」で東京に帰ります。通いなれた特急です。
11月2日、病院の方々に送別会をしてもらいました。大変にぎやかな送別会となり、自らバンド演奏をして盛り上げました。ベースの彼は常勤医から非常勤医に、ギターの彼はすでに退職(東京の病院勤務)しており、送別会のために急遽駆けつけてくれました。感謝しております。
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Author:iemsj
こんにちは
私達はNPO国際緊急医療・衛生支援機構IEMS-Japanです

http://www.iems-japan.com/

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