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「極北ラプソディ」(白濱)

「極北ラプソディ」(原作海堂尊)というテレビドラマ(録画・DVD)を見ました。
原作本「極北ラプソディ」はずっと手元に置いてあるのですが、ページも開かないまま。今回テレビ化(NHK)されました。
財政困難で崩れて行く「極北市民病院」の再建に取り組む医師・看護師などの人間模様、改革を強烈に進める院長、行政や市民の医療に対する考え方・取り組み方などを描いております。海堂氏がこの本の構想を練り、その執筆中に、本のあらすじのようなことが「銚子市立総合病院」で起こり、ついに閉鎖が現実のものとなり、そして再開。これも現実。海堂氏は銚子市の医療の有りように大変な関心を持っていたということです。
以上のような伏線があり、彼よりお声がかかり、朝日ニュースターの『海堂ラボ』という医療ジャーナリズム番組で「銚子市立病院再建に見る地域医療の課題」をやることになったのです(2011年6月16日放映)。
海堂氏は千葉大医学部卒業、嬉しいことに彼は私のことを大学の大先輩といってくれました。海堂ラボに登場した医師達、その内容は本となり近々発売される予定です。その時にはまたご案内したいと思います。
ドラマの世界とはいえ「極北ラプソディ」の医師役で主役を演じている「瑛太」さんの生き方といい、医療に対する考え方といい、人生観といい、医師としての姿勢そしてマスクといい、素晴らしいですね。

地球が丸く見える丘公園(白濱)

久しぶりにのんびりと銚子の海を眺めに出かけました。快晴の下、視界100%。
「東映映画」の冒頭に波がザブンとしぶきを上げて岸壁に打ち上げるシーン、銚子の犬吠岬の映像が使われたといわれております。
その犬吠崎の近くに「地球が丸く見える丘公園」という公園があります。狭い展望台に上りますと、一か所に立ったまま360度見渡せば、330度以上が太平洋の水平線、残りがちょっぴり地平線(利根川と銚子の町とヤマサの工場が見えます)。確かに地球が丸いことを実感します。
ぐるぐる見回しながら眺めていたら、旅行姿の20代の男性がカメラをぶら下げて上ってきて、私達のそばで写真をパチパチ。その後高校生らしいカップル2人が上って来て、女性が「こんなに広いんだぁ・・」と第1声、青春そのものでしょう。 
銚子は本州の最東端、日の出が一番早く見ることが出来ることでも有名、大晦日から元旦にかけて初日の出を見ようと銚子の町の混雑は相当なもの(だそう)です。
ここでは、海から出る太陽(日の出)と海に沈む太陽(日の入り)を居ながらにして眺めることが出来るということです。
なお、あの超ローカルの銚子電鉄には「関東最東端の駅 海鹿島駅)」という標識が立っております。あしかじま駅と読みます。

元町・中華街へ直通(白濱)

本日から東京メトロ副都心線と東急電鉄が相互乗り入れを始めました。
私が利用している西武池袋線から乗り換えなしで池袋、新宿、渋谷を通過して元町・中華街(横浜)まで行くことが出来るようになりました(西武池袋線はかねてから副都心線と相互乗り入れ)。1時間10数分、本を読むのもよし、居眠りするのもよし。
東京の名だたる繁華街、池袋、新宿、原宿、渋谷などに乗り換えなしで行けるようになり、さらに横浜までその守備範囲になるとは。
また有楽町線を使えば、銀座、有楽町にも乗り換えなしで行けますので、わが家(東京といっても23区外)も大したところに居を構えたものだと思ったものの、それから30数年、その様な繁華街に行く用事もほとんどないのが今日この頃です。
あらゆる所で、あらゆる場面でライバル同士であった西武の堤康次郎と東急の五島慶太が時を経て手を結ぶ(電車の相互乗り入れ)とは、やはり時代は大きく変わりつつあるということでしょう。

『ひとりひとりの「災害対策」』の増補版(内外出版)(白濱)

『ひとりひとりの「災害対策」』の増補版(内外出版)が届きました。
2006年に『ひとりひとりの「災害対策」』、その改訂版を2008年に出しました。
2011年の東日本大震災の経験を踏まえ、「改訂版」に若干の手を加え、新たに「高齢者収容施設の災害対処」の章を設け、NBC災害に関してはひとつの新しい章にまとめ、「増補版」としました。
本日ぴかぴかのものが届きました。
189ページ、定価1890円(本体価格1800円)。
近々、イームス・ジャパンの会員の皆さんにお送り出来ると思います。


ひとりひとりの『災害対策』 【増補版】ひとりひとりの『災害対策』 【増補版】
(2013/03/04)
白濱 龍興

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仙台ぃこ(白濱)

3月7日「仙台ぃこ」という仙台市の広報誌、いわゆるタウン誌の取材を受けました。

きれいなカラー版で、65ページ、何月号に掲載されるのか分かりません。

①自衛隊の災害出動及び自衛隊医療の災害対処の仕組み、②東日本大震災に関する事、③私と仙台との関連、④避難所での医療支援、⑤被災者の睡眠障害、などでした。

私は自衛隊仙台病院長の経験があり、仙台は思い出深く、こよなく愛したところ。松島、気仙沼、大島、唐桑半島、石巻市など隈無く歩きました。その多くが被災し大変悲しい思いのままの2年間でした。

取材に際し、思い入れが強すぎてひとりで勝手に喋っていたような気がします。意とすることを伝えられたかどうか、今反省しているところです。
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Author:iemsj
こんにちは
私達はNPO国際緊急医療・衛生支援機構IEMS-Japanです

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